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2010/01/18

神戸新聞

▼スポーツ界も追悼の1日
阪神・淡路大震災から丸15年を迎えた17日、兵庫県内のプロスポーツ界も震災犠牲者を追悼した。プロ野球阪神の真弓明信監督は神戸市長田区の震災イベントに出席。オリックスはスカイマークスタジアム(同市須磨区)で選手らが黙とうした。Jリーグ1部(J1)神戸もいぶきの森球技場(同市西区)で練習前に選手、スタッフが目を閉じた。

▼「期待に応えたい」 J1神戸
いぶきの森球技場では、ピッチ上に整列した神戸イレブンが犠牲者の冥福を祈った。神戸市出身の河本は「苦しい中で支えてくれた人たちはヴィッセルの宝。期待に応えたい」と決意を新たにした。
神戸のユースチームは三宮の東遊園地で「阪神淡路大震災1・17のつどい」に初参加した。西宮市の自宅で被災した森下主将は「揺れで跳び起きると家中がぐちゃぐちゃ。水道が止まり、食べたいものも食べられずにずっと泣いていた」と当時を振り返り、「今でも5時46分が近づくと怖い」と神妙に話した。

デイリー

▼神戸、改めて“復興の街”へ恩返し誓う
阪神・淡路大震災から丸15年を迎えた17日、J1神戸は神戸市西区いぶきの森球技場での練習を前に選手、スタッフがグラウンドに集合。サポーターと共に震災で失われた命に対し1分間の黙とうを行った。また練習前のミーティングでは、三浦俊也監督(46)が震災当時の映像を紹介。クラブ創設15周年の今季、改めてチームを支え続けた“復興の街”への恩返しを誓った。

決して忘れない。静寂の中、さまざまな思いが澄み切った空へと放たれた。“あの日”から15年。就任2年目の三浦監督は「クラブも15周年で震災とは切り離せない。市民に守られ助けられた分、少しでも恩返ししたい」と言葉に力を込めた。
練習前には指揮官が「選手たちにも意識づけさせたい」と当時の状況を伝える映像を紹介。震災からの復興を祈ってできたサポーターソング『神戸讃歌』を泣きながら歌う被災者の姿に「もっと神戸の街に還元したい。勇気づけていきたい」とDF宮本も決意を新たにした。
生え抜き7年目のDF河本は9歳の時に神戸市西区で実際に震災を経験。「すごすぎて逆に冷静だった」と“悪夢”の一瞬に思いをはせた。神戸生まれ神戸育ちの24歳は「初めて歌詞を見たときグッときた」と“希望の歌”に胸を熱くした。
クラブ初の練習日に重なった悲劇。だが共に歩んだ15年はかけがえのない“財産”になった。復興を遂げ震災の記憶は日々薄れてゆく。それでも「まだ傷ついている人もいる」と河本。神戸を元気に-。イレブンの思いがきっと誰かを笑顔にする。

▼大忙し…宮本“受験生”「ハードです」
協会が認定する指導者資格のB級ライセンス取得を目指すJ1神戸のDF宮本は大忙し。今オフには静岡で約1週間の研修会に参加。講義や試験に加え指導実践も行う内容に「結構ハードですよ」と苦笑い。自宅でもパソコンによる講義とレポート提出が連日続き、ほぼ“受験生”状態。それでも「学んだことを役立てるのは自分次第」とどこまでも意欲的な32歳だ。

ニッカン

▼がんばるぞ神戸!宮本が大久保が躍進誓う
ツネ様が、大久保が、神戸市民の思いを背負って戦う! 神戸イレブンが阪神・淡路大震災から15年の17日、新たな誓いを立てた。練習開始前のミーティングで震災当時のVTRを見た後、グラウンドでは約1分間、見学に訪れたサポーターとともに黙とう。選手たちは、神戸復興とともに歩んできたクラブの歴史をあらためて認識し、今季こそ躍進すると胸に刻んだ。
神戸の選手には使命がある。阪神・淡路大震災から15年の節目。ただ、サッカーをするだけではない。震災が起こった歴史も背負って戦わなくてはならない。チームの顔であるDF宮本恒靖(32)は「神戸で生活して1年がたち、もっと震災について深く考えたいと思った。自分たちがプレーすることで、神戸の街の力になりたい」としみじみ言った。
練習開始前には地震が起こった当時のVTRを選手全員で見た。宮本は当時高校3年で、大阪・河内長野市の自宅にいた。「神戸にいた姉の友人が震災でなくなった。(G大阪所属だった)95年の11月に神戸で試合をしたけど、まだ街にがれきが残っていることに衝撃を受けたのを覚えている」と神妙な表情で振り返った。
自分たちが今、生活しているなじみの場所が、がれきの山となっていたことにショックを受けた選手も多い。FW大久保嘉人(27)は「本当に悲惨だと思った。ビデオを見て実感できた」。選手会長のMF田中英雄(26)は「15年の節目だし、震災で被害にあった方を試合に招待することも考えている」と明かした。
1995年1月1日にヴィッセル神戸に改称。1月17日は、神戸市内で初のチーム練習を行う予定だった。当時はJFLで、神戸市内での練習場が日々変わる厳しい環境でプレーしていた。それから15年。宮本は「神戸の一員として、もっと市民の人とともに歩んでいきたい。最低ひとけた順位を目指したい」。リーグ戦の最高位は10位。節目の年にまずはクラブの歴史を塗り替え、さらなる前進のきっかけとするつもりだ。

スポニチ

▼ヴィッセル・宮本ら“神戸のために”1・17の誓い新た
神戸は17日、練習前に選手とスタッフがサポーターの前に整列し、阪神・淡路大震災の犠牲者に黙とうを捧げた。
ミーティングで当時のVTRを見た選手たちも、あらためて神戸のために戦う気持ちを強くした。DF宮本は「神戸に1年住んだことで街に残る傷跡をうかがい知ることはできました。サポーターのためにも頑張らないといけない」と話し、FW大久保も「神戸を元気づけたいと思います」と神妙な表情を浮かべた。
15年前のこの日、立ち上げたばかりのクラブは初めての練習を予定していたものの、地震ですべてが崩れてしまった。練習場の確保がままならないばかりかメーンスポンサーのダイエーも撤退した状態でクラブの歴史が始まった。
当時、強化部長としてクラブ存続に駆け回った安達副会長は「練習場の周りも仮設住宅が並んでいて、ネットを越えたボールがその屋根によく当たった。でも、みんな文句も言わずに応援してくれた。感謝の気持ちを忘れてはいけない」と当時の思い出を風化させないことを誓っていた。

▼実質戦力ダウン…神戸に走り込みの時間はない!
実質的な戦力ダウンとなった神戸には、走り込みだけに費やす時間はない。16日に始動したばかりだが、三浦監督は「戦術練習は今週からやります。誰がどのポジションをできるのか見てみたい」と話した。補強費を削減された今オフは、これまでにない地味補強で新シーズンを迎える。「即戦力はかなり減って実際には17人ぐらいでやらないといけない」と話す指揮官にとって実戦形式での戦力底上げは急務だ。

スポーツ報知

▼イレブンが震災犠牲者に黙とう
阪神・淡路大震災から15年を迎えた17日、神戸があらためて今季の飛躍を誓った。この日は、神戸市内の練習場で練習前に選手、スタッフが犠牲者に黙とうをささげた。選手はもちろん、チーム関係者にも当時のことを知る人が少なくなり、ミーティングでは当時の様子を収めたビデオを見た。悲惨な状況を知る一方で、自分たちのプレーで地元を元気づける決意を示した。
今季、クラブ発足15周年を迎えた。くしくも「ヴィッセル神戸」として始動する予定の日に起きた大災害だった。「震災は市民と一緒にクラブも背負っていかなくてはいけない」と三浦俊也監督(46)が表情を引き締めた。移籍2年目を迎える元日本代表DF宮本恒靖(32)も「1年神戸でプレーしてこの日を迎えると今までとは違う感覚。サポーターのために頑張らないと」と決意を込めて話した。

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