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quinta-feira, 7 de fevereiro de 2008

神戸新聞

▼疲労回復へ“ジャブジャブ” J1神戸キャンプきょう折り返し チームづくり着手
当地でキャンプ中のJリーグ1部(J1)神戸は6日、プールトレーニングを行い、前日にあった練習試合の疲労回復に努めた。キャンプは7日で折り返し、8日からは後半に入る。“サッカー漬け”の毎日でたくましさを増すイレブンの様子をリポートする。
練習初日の1日。真夏の日差しの下、そろいのジャージーを着た選手たちが黙々とランニングしていた。“センパチ”と異名を取る千メートル走は8本がノルマ。松橋が「きつかった…」と振り返った長距離走で、グアムキャンプは始まった。
松田監督は「体力に加えて、精神力を鍛えるのもキャンプのテーマ」と話す。練習は基本的に午前と午後の2部構成で、午前の部はフィジカルが多い。ダッシュなど、内容は地味だが、指揮官は「何かを乗り越えた経験は大事になる」と期待している。
4時からの午後練習では、ミニゲームなどボールを使ったメニューが中心になる。ピッチ上では声が飛び交い、榎本は「今は、感じたことをストレートに話し合うことが大事」と歓迎する。夕食後のミーティングではビデオなどで戦術を確認する。外出する選手はいないそうだ。
天候にも恵まれ、ここまでは順調に日程を消化した。後半は練習試合が3試合予定され、大久保、金南一の代表組も合流する。「体調次第だが、(大久保らにも)試合に出てもらう」と松田監督。本格的なチームづくりがいよいよ始まる。

デイリー

Photo▼大久保 W杯予選初ゴ~ルがV弾だ
粉雪舞う極寒の夜空を熱狂が突き抜けた。FW大久保が気温2度の埼玉スタジアムを沸騰させた。決勝弾を沈めた背番号16は雄叫びをあげ、ゴール裏に向かって両腕でガッツポーズ。重苦しい空気を打ち破った雄々しい背中に次々と飛びつくイレブン。04年2月のW杯ドイツ大会1次予選初戦直前の無断外出事件に連座した“問題児”が、岡田ジャパンの“救世主”になった瞬間だった。
後半9分、相手DFのクリアミスがMF中村の足に当たり、ゴール前に転がったボールに猛スピードで突っ込んだ。右足を伸ばし、相手GKの鼻先で角度を変えたボールはゆっくりとサイドネットに沈んだ。「ごっつあん(ゴール)です」と笑う大久保だが、岡田監督が「泥臭く、何が何でも勝つ、点を取るという気持ちがあの点になった」と称す執念弾だった。
今オフ、所属する神戸の管野フィジカルコーチと体をいじめ抜いた。「いつもは体重が増えるけど1キロ減った。食べる量はむしろ増えたのに…」。68キロにシェイプされた切れ味抜群の体が、幸運の女神を抱き止めた。
W杯予選での自身初ゴール。夢の大舞台へ、力強い1歩を刻んだ。初めてW杯出場を意識したのは小学校6年時にテレビ観戦した94年米国大会。168センチと小柄ながら抜群のきゅう覚でゴールを重ねるブラジル代表FWロマリオにくぎ付けになった。「どんな形からも点を取ってたし、楽しそうだった。オレもあの舞台であんなふうにプレーしたい」。当時、時差も気にせず、夢中で追った点取り屋の姿。その遺伝子が宿ったのだろうか。
「真剣勝負で1つも落とせない緊張感はあったけど、大差で勝てたことで勢いを付けられる」。アテネ五輪のエースだった4年前の問題児も、25歳。「あのときは自分も20歳くらいでなじめなかった。今はアテネ世代も多いし、やりやすい」。大人になった突貫ドリブラーが、岡田ジャパンを南アフリカへ連れて行く。

ニッカン

▼神戸の日韓代表コンビ、強行連係強化
神戸の日韓代表コンビが9日の練習試合仁川(韓国)戦で初めてそろい踏みする。松田監督は6日、グアムキャンプに7日に合流する日本代表FW大久保について「(代表合宿で)もう試合をできる体力はついているから」と話し、45分×3本を予定する仁川戦で「1本でもいいから出てもらいたい」と期待した。韓国代表に帯同中で8日合流予定のMF金南一についても「大久保よりも長い時間出てほしい」と要望。大久保は東アジア選手権に招集される可能性が高く、グアムでは4~5日しか練習できない。3月8日の開幕東京戦(味スタ)に向けた連係強化のため、限られた実戦の場を生かす。

▼大久保技ありV弾!日本救った
FW大久保嘉人(25=神戸)が、岡田ジャパンを救った。W杯南アフリカ大会アジア3次予選初戦で、日本はタイと対戦。格下相手に同点で迎えた後半9分、大久保が値千金の決勝弾を右足で決めた。公約していたゴールを実現し、日本は4-1で快勝発進。前回ドイツ大会では代表から落選した男が、初の真剣勝負に臨んだ岡田武史監督(51)に白星を贈り、4大会連続のW杯出場を目指す日本は最高のスタートを切った。
本能で足を前に出した。1-1の後半9分。大久保は右足を思い切りゴールへ伸ばした。左サイドを山瀬が突破し1度はDFに弾かれたボールが、中村を経由してゴール前へ。右足アウトで放ったシュートはゴールへと吸い込まれた。値千金の決勝弾だ。雪が舞う気温0度のスタジアムで、エースへと成長した。
大久保「あれはごっつぁんです。ゴール前がガチャガチャっと(混戦)なってて、万が一(ボールが来る)と思って行った。リードできて楽になった。大事な試合やし、良かったよ」。
忠実に指示を守った。前半は攻撃が停滞し、ハーフタイムに岡田監督から「お前は(ゴール前に)残ってろ。サイドに流れたら誰が点を取るんや」と告げられた。我慢して大混戦のゴール前に残った結果が、決勝点になった。前半21分にはドリブル突破から相手の反則を誘発し、先制点となった遠藤のFK弾を演出していた。
公約通りの1発だ。試合前、携帯に友人から「決めろよ」とメールが届き「分かった。頑張るよ」と返信した。5日にも「点を取る。大事な試合やから」と宣言。前回のW杯予選は既に最終予選進出が決定し、消化試合だった04年11月17日シンガポール戦(埼玉)だけに出場した。最後は代表から落選し、悔しさを胸に刻んだ。
この日はFW-トップ下と柔軟なポジション変化にも対応した。4年近くの歳月を経て多くの戦術に適応する力を身につけていた。初めて臨む真剣勝負の舞台で、自分にかけた重圧に勝った。
昨年12月下旬に右ひざの手術を受けた。周囲には痛みを隠して練習を続けてきた。「だいぶ自分を追い込んだよ。勢いだけでやってきた」。決戦4日前となった2日に炎症が再発。ドクターストップがかかり練習を欠席した。仲間が調整を続ける2時間半、ホテルで「練習がしたい。何でこんな大事な時期に…」と苦しんだ。万全ではない体で国際Aマッチ3得点を決めた。
大久保「褒めなくてもいいっすよ。まだまだ先は長い。次(の試合)もすぐに来るからね」。
アジア予選は全14試合の長丁場だ。夢にまで見たW杯へ、思いのすべてを込めて臨んだ一戦で結果は出した。だが満足はしない。南アフリカの舞台に立つまで、最高の笑顔はとっておく。

スポニチ

▼大久保「決勝弾!」 岡田ジャパンのエースはオレ
ストライカーの本能がゴールのにおいをかぎつけた。1-1で迎えた後半9分、相手エリア内で山瀬と中村がDFへ激しくプレスをかけると、苦し紛れのクリアボールが中村に当たってゴール前にこぼれる。そこに、大久保はいた。
「ボールを見ていたら真ん前にボールが落ちてきたので、思わず足を出しました」
苦笑いとともに振り返ったものの、結果的にこれが決勝点。岡田ジャパンを救ったラッキーパンチだった。
右ヒザの痛みも忘れていた。炎症を起こし試合2日前の練習を回避。「もう大丈夫。痛みはないし問題ない」と平然を装ったが決して万全ではなかった。宿舎では毎日アイシングを施し決戦の時に備えた。
W杯出場は小学校からの夢だった。年齢的には次の南アフリカがラストチャンスだけに、今年にかける気持ちはハンパではない。プロ入り最速となる元日始動で幕を開けた08年。1月5日に自らの結婚式を控えながら、激しい自主トレで追い込んだ。体重管理に苦しむこの時期だが、15日の鹿児島キャンプ初日にはすでにベストの68キロをキープしていた。
ドイツW杯予選の初戦を控えた04年1月、合宿中の無断外出が発覚し代表を追われた。その年の11月17日シンガポール戦でW杯予選デビューを果たしたがノーゴール。前回大会の予選には苦い思い出しかなかった。
あれから月日がたち、今や日本のエースと呼ばれる存在にまで成長した。変化したのはプレースタイルではない。精神面だった。20代前半のころはヒジ打ちや暴言が当たり前だった男が、昨季の前に「フェアプレー賞を取ること」を目標に掲げた。必勝祈願の絵馬に書いたのは「得点王」だったが、心の中の目標は1枚も警告を受けずにプレーすることだった。
成長を促したのはパパとしての自覚だ。長男・碧人くん(2)をしかる場面に遭遇した松井(ルマン)が、その厳しさに絶句したほど。かつての暴れん坊は、今や一人前の父親になっていた。
「大差で勝てたことで、次に勢いをつけていけるかなと思います」
次戦を見据える姿勢に風格すら漂う。岡田監督と日本を救い、自らの存在価値も証明した一撃。大久保が夢へと続く道を、力強く踏み出した。

スポーツ報知

▼大久保南アへ雪辱弾
救世主は大久保だ。岡田ジャパンでFWとして初先発した大久保嘉人(25)=神戸=が後半9分、格下のタイ相手に1―1の膠(こう)着状態を打開する値千金の右足シュートを決めた。ドイツW杯予選では“キャバクラ事件”で代表追放処分を受けたストライカーが岡田ジャパンの切り札となる。また、MF遠藤保仁(28)=G大阪=が前半21分FKで決め、W杯予選初ゴールを挙げた。
ヨシトが岡田ジャパンを救った。後半9分、ゴール前の混戦から決勝点は生まれた。MF中村憲が相手DFにプレッシャーをかけてはね返ったボール。味方を信じて、ゴール前で待ち構えた大久保の前にこぼれた。「憲剛さんが連動して取りに行ってた。『来るかな』って思っていた」右足で合わせたゴールは岡田ジャパン3試合目、234分をかけて奪ったFW陣の初ゴールだった。
ゲキにしっかり応えた。ハーフタイム。岡田監督から「前に残っていろ。お前がサイドに流れたら、誰が点を取るねん」と指示された。その通りに前線に張って生まれた得点は、同点にされてから停滞していたチームを勢いづかせた。「選手に点を取る気持ちがあったから点を取れた。勝てた」と指揮官も絶賛した。
ドイツW杯を懸けたアジア1次予選直前の04年2月。合宿中に無断外出、キャバクラに行ったことが発覚し、21歳はジーコ・ジャパンから“追放”された。目の前にあった夢の舞台は消えていった。だが、今では「あの時はあの時。いい経験です」と、苦い経験を笑い飛ばせる。
05年にスペイン・マジョルカで海外武者修行。出番に恵まれなくても黙々と練習を積んだ。日本代表入りのために、J2に降格したC大阪から昨季は神戸に移籍。今オフは休みを返上し自主トレに専念。「普段は体重が増える時期なんだけど、今年は1キロ減った」と体をいじめ抜いてきた。
「今は遊びに行かなくなったね」愛する家族と「オレの夢」と言うW杯出場のために、生活のすべてをサッカーに注ぎ込む。「まだまだ先は長いですね。次も、すぐありますしね」やっとつかんだW杯への道を踏み外す気はない。大人になったヨシトが岡田ジャパンを南アフリカへ導く。

サンスポ

▼決勝ゴールは大久保“泥くさ”弾!岡田ジャパン4発快勝
“熱い夜”は、ピッチ上でこそ意味がある。一瞬冷たい雪で凍りかけた日本の南アフリカへの道を、FW大久保が決勝ゴールで熱く溶かした。
「大事な試合というのは分かっていた。ゴール? ボールを見ていたら、真ん前に落ちてきたので足を出した。そこに、たまたまいたので、よかったです」
濡れた髪を輝かせながら、渋い低音の声で振り返った殊勲弾は、後半9分だった。前半21分にMF遠藤の直接FKで先制もわずか1分後に追いつかれ、そのまま1-1で折り返す嫌な展開。岡田監督がこだわり続けた初戦勝利への焦りも漂い始める。
しかし天性のゴールハンターの前に、神様が雪とともに幸運を降らせた。後半9分、相手DFのクリアが偶然MF中村憲に当たり、ゴール前に向かった大久保の足元へ。偶然? だとしてもその運は逃さない。きっちりと右足を伸ばしてゴールへ流し込んだ。
「親善試合とは違う、ひとつも落とせないという緊張感があった」
両手を広げてゴール裏へ。そしてガッツポーズ。『南アフリカへ行かせてくれ!』との横断幕も掲げられたスタンドの熱気も最高潮となる。
昨年10月17日のエジプト戦(長居)での2発以来代表通算3点目。しかしW杯予選での一発は、岡田ジャパンにはもちろん、大久保自身にとっても大きなものだった。
04年2月9日夜。ドイツW杯アジア1次予選開幕を控え、代表の一員として鹿島合宿中だった大久保は他選手とともに無断外出。これが当時のジーコ監督の怒りを買い、代表を外された。いわゆる『キャバクラ事件』。そのまま、長く代表から大久保の名が消えた。
大久保はプロ入り時、「目標を達成するためには犠牲にしなければならないものがある。その代償があってこそ栄光が勝ち取れる」との言葉を父・克博さんから贈られた。この言葉、実はジーコのもの。尊敬するその人に“干された”4年前。「あのころは(代表に)溶け込めなかった」と振り返る。だがこの4年間で父親となり、そして昨年は神戸の主将も務めた。今オフは徹底した体調管理で体重68キロをキープ。「4年前とはやっぱり違う。気持ち的に落ち着いたかな」。25歳となった今は「気持ち的に楽というか、やっていて楽しい」とチーム内で自分を出している。
大久保が決定機を外しまくった26日のチリ戦後「決めんかい!」と叱咤した岡田監督は、この試合後も「お疲れさん」のひと言だけ。だがそんな冷たい言葉も、潜在能力を期待してこそだ。
無論、大久保も分かっている。「まだまだ長いっスから」。やっぱり声は低い。大きな声で、熱く熱く喜ぶ夜はまだ先。その瞬間まで、岡田ジャパンをこの男が引っ張っていく。

07:00 AM in ニュース'08 |