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2007/01/01

往く年'06、来る年'07..

あけましておめでとうございます。
2006年シーズンは世界でも稀な長い長いリーグ戦をこなさなねばならないこともあり、神戸を応援する人々の気持ちを如何に最後まで繋いでいくかという事がシーズン前の杞憂でもありました。それは当時(2月末の時点)のフロントだった小野さんも同じ気持ちだったらしく、彼の強い働きかけもあって、ホーム戦の合間、必ずしも皆が行ける訳でないアウェイ戦を北野のスポーツバー・リーグさんの協力を得て催すに至りました。これを年間通し催すことは挑戦であり、それを完遂し"J1復帰"という結果を得られたことは、アウェイに行けないファンにとっても大きな成果だった様に思えます。


トップ

'05シーズンホーム最終戦のサンフ応援席に"2007 J1"という応援バナーが掲げられており、それに応えるべくJ2に闘う場を移してのリーグ戦、J1復帰を勝ち取るに至った1年は、兆しともいえる開幕.草津戦での敗戦に伺える様にとても苦しく長い長い道のりでした。あと1勝すれば自動昇格というところまできていた最後の5試合を1勝もできないままに入れ替え戦にまで回ってしまう結果に終わりました。が、多くの関係者が言う様に、計っては得る事が出来ない経験を得たのも事実で、結果オーライということで個人的には満足した2006年シーズンでした。また、終盤をもたついたが故、松さんが再びクローズアップされ、今シーズン共に戦えることになったのは、ケガの功名ともいえ、個人的に大きなモチベーションとなっています。


ユース

春休みの清水フェスでの大敗を受け"433"から"442"に戻しプリンス関西の開幕戦を迎えました。そして今季を象徴する対ガンバ戦3連勝(クラ選予選,プ第6節,プ決勝)を収める好調さで、クラブ史上初の高円宮杯への出場を決め、夏休みのクラ選へ突入。ここでも予選リーグをグループ1位で通過、ヴェルディに惜敗するもクラブ史上初のクラ選8強を手にしました。この後、チームは極度の不調に陥り初出場の高円宮杯(全日本クラブ選手権)予選ステージを全敗で敗退、2006年シーズン最後となるサハラカップ予選、最終節で一矢報いるも出遅れが最後まで響き、シーズンを終えました。が、クラ選を優勝したガンバ、インターハイ準優勝の初芝橋本、高円宮杯で優勝した滝川二高と屈強なチームが顔を並べたプリンスリーグ関西でヴィッセルユースが優勝した結果に成果・成長が伺えた1年だったといえるでしょう。今季は外部からの入団も例年になく多く、ポジション争いの激化に伴い、木山・後藤体制の元、更に鍛えられたヴィッセルユースがきっと旋風を巻き起こしてくれるでしょう、いや起こします。


クラブ

サッカーに興味ある人たち以外へ「"何かをやってくれる"という期待感」を持ってもらえるクラブにしたいという思いでポジティヴに動く姿勢がクラブや社員から(全てではないですが、笑)今季伺える様になったのは、以前のクラブや社員とは随分違ってきたところかなと感じます。またセニョール(佐藤英男GM補佐)のフロント入りは、歴史の浅さから来る経験の少なさを埋めるに足る最大の補強、安達社長兼GMの改心の一撃として評価しています。


ファン・サポ

トップの動向だけでフロントを批判する向きが一部にみられますが、ヴィッセル神戸はトップの興業だけが仕事ではなく、次世代の選手達を育成していくことも大きな事業の一つであり、そのシーンに於いてはまだまだ拙いながらも確実に成果を上げているといっても過言でなく、その歩を緩めたり止める様な行動は出来るだけ慎んで欲しいというのが、個人的な気持ちです。選手に気持ちよくプレイしてもらうということがサポートならば、フロントやクラブに気持ちよく仕事がして貰える様サポートするのもファンやサポーターの役目ではないでしょうか。また、それが応援をリードしていく方々となれば、なおさら感情的ではなく、もっと深く考えて行動を起こす事が大切だと思います。

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